リロノウネリ

心理学徒によるサブカルチャーから哲学まで全てにおいて読み違える試み

なぜサブカル批評家は北海道出身なのか

サブカル批評家の聖地、北海道

サブカルの批評家や作家は北海道出身者が多い。

東浩紀 実際、〇〇年代に入ると、言論人の出身地がそのひとの主張に大きな影を落とすようになる。たとえば、オタク評論の周りでは北海道出身者が目立っている。藤田直哉さんがそうだし、『ファウスト』系の作家では滝本竜彦佐藤友哉がいる。宇野(宇野常寛)さんも高校は北海道。彼らのリアリティはぼくの感覚とはかなりちがう。(『ゲンロン4』p.121 引用内括弧は私による)

加えてさやわかも北海道出身であったはずだ。なぜそうなるのか、考えてみる。それにはまず、私の話から始めざるを得ない。

まずは、私の話をしよう

私も辺境の地から東京へやってきた身である。辺境のサブカル野郎としてヒソヒソと暮らしてきて、大学進学とともに東京へやってきた。私の心の聖地は高円寺、である。

しかしだ。上京して数年が経ったが、私は高円寺にどっぷり浸かってはいない。もちろん下北にも、中野にも、秋葉原にも私の街だ!と感じることはない。それはなぜか。

そこで、これは私だけなのかもしれないが、辺境でサブカル野郎としてやっていた頃は、サブカルチャーをコミュニケーションツールとして使ったことがないことに気がついた。

サブカルチャーに意味はあるか

友だちはいた。しかし彼らは音楽で言えば西野カナや世界の終わりにハマっていた。彼らはド大衆であった。だから音楽の話はしなかった。アニメやマンガの趣味も合わない。好きなゲームも合わない。だからその話もしない。私は深夜のお笑いラジオが好きなのだが、それも誰も聞いていない。だからその話もしない。

それでも中学、高校は楽しかった。日々のこと、今起こっていること、その無意味で無内容なコミュニケーションが最高に楽しかった。コミュニケーションは本来、無意味で無内容でよいのだ。そこにこそ、幸福は住まう。

しかし、私のサブカルチャーとの関わりは孤立していった。私はサブカルチャーをコミュニケーションに使わないので、そこに意味を求め始める。サブカルチャーは、つまり一本の映画は、マンガは、アニメは、ゲームは、ラジオは、そこに内容=意味がなければならない。無意識にそう考えるようになっていった。

 コミュニケーションのためのサブカルチャー

これは都心のサブカル野郎やオタクには見られない心性なのではないだろうか。彼らは同じ作品を見ている沢山の仲間に囲まれている。だからそこにはサブカルチャーを介したコミュニケーションが起こる。それは最高に幸せなことだし、私も憧れる。

しかしだ。そこにはコミュニケーションのためのサブカルチャーという意味合いが次第に強まってくる。アニメについて語るには、そのアニメを無条件で肯定しなければならないような。

東浩紀 宮台さんの社会学を支えているのは、サブカルチャーが人格的なクラスター(集団)と連動すると言う前提です。つまり、サブカルチャーで重要なのは、内容よりむしろそれを介したコミュニケーションだということですね。(『東京から考える』p.145)

そこには批評がない。正確にいえば、批評が必要ない。

もちろん東京には批評がなく、北海道には批評がある、ということに短絡させようとは思わない。

 幻想の東京へ上京

しかし、上京してきて残念だったのはそのことが大きい。私は今までサブカルチャーでコミュニケーションをしたことがなかった。だからこそ、東京にそのコミュニケーションの可能性を夢見ていた。

東京には確かにサブカルを通じた人間関係が広がっていた。しかしそれは無意味で無内容なものが圧倒的だった。そしてサブカルに意味を求める私にはそれでは物足りなかった。

この私の思いは、完全にないものねだりだ。私自身もサブカルチャーを通じた有意義なコミュニケーションなどしたこともないし、どんなものかもわかっていないのだから。

しかし、勝手に東京にはそれがあると思い込み憧れていた。存在しないものを東京に見続けてきて、それに対して劣等感に近い憧れを抱いていたのだ。

なぜ北海道出身のサブカル批評家が多いのか。その由来はこの「(幻想の)東京への憧れ」があるのではないだろうか。

意味への意思と批評的思考

サブカルチャーをコミュニケーションに使えないこと。その不自由さが意味への意志となり、あるタイプの批評的思考が育っていくということは考えられるのではないだろうか。

そうでなければ私はどうすればいいのか。私のような辺境のサブカル野郎たちはどうすればいいのか。負け戦だろうと構わない。私は、辺境のサブカル野郎と運命を共にするつもりだ。

 

ゲンロン4 現代日本の批評III

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東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)

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